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すみれいろ の 山口賀代子
ベランダですみれがふえています
茎をすきっとのばし ハート型の葉をふくらませ
うねうねと床を這っていくのです
しろい花びらの中心がむらさきの
あいくるしくて
可憐な と 油断していたのがまちがいでした
「すみれこさん」はすこしまえまで「みどりこさん」でした
ある日 突然に
「きょうからわたしはすみれこになりました
すみれこさんと呼んでください」というのです
すみれこさんの母は娘がすみれこさんになったことをしりません
ときどき 「みどりこが遊びにいっていませんか いたら家にかえるように
つたえてください」と電話がかかってきます
すみれこさんは隣の部屋でわたしのつくったカレーライスを食べているのですが
電話がかかってもしらんふりしています
それで「みかけたら つたえますね」とこたえるのですが
そのことをすみれこさんにつたえたことはありません
晩春のころ
すみれこさん二号だというひとが挨拶にこられました
隣はいつのまにかすみれこさんに占領されているのでした
それからもすみれこさんは∞(むげん)に増殖しつづけています
壁も襖も廊下もすみれ菌に侵され
あれから何人のすみれこさんが誕生したことでしょう
いつのまにかわたくし自身もすみれいろに染まっているのでした
うすむらさきのやら しろいのやら 濃いのやら
草叢のなかからのぞく可憐な
すみれにはすっかり
騙されました
続左岸 39号より全行